話題の東京大学入学式祝辞と、一昨日放送の『林先生が驚く 初耳学!』 を見て。教育への考察

※写真は、高1生Sさんからの質問の解説

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いま話題となっている東京大学入学式祝辞と、一昨日放送の『林先生が驚く 初耳学!』  を見て思うことがいろいろとありました。

 

今回はそれらを踏まえた「教育への考察 」をしたいと思います。

※前提知識の解説等を含め、順を追って考察します。

 

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【ゼロサムゲームとプラスサムゲーム】

 

ゼロサムとは、「誰かが利益を得たならば、他の誰かは同じだけの損をすること」を言います。 

経済学や応用数学における「ゲーム理論」などで使用される用語です。

 

例えば、マージャンやポーカーゲームなどは「ゼロサムゲーム」です。

総和がゼロになるからです。

(手数料等を考慮しなければ)

 

ゴルフなど、順位によって賞金を争う競技も、トータルの賞金額が変わらなければ「ゼロサムゲーム」と言えるでしょう。

もし誰かが順位を上げたならば、他の誰かは順位が下がるからです。

 

上のゴルフのように「順位を争うゲーム」が「ゼロサムゲーム」なのであれば、テストや受験も「ゼロサムゲーム」の一種と考えることができるでしょう。  

ゴルフと同様に、誰かが順位を上げたならば、他の誰かは順位が下がるからです。

 

次に、プラスサムとは、「参加者全員が利益を得ること(あるプレーヤーの利益が必ずしも他のプレーヤーの損失に結びつかないこと)」を言います。

 

例えば、株式投資は、長期保有の場合「プラスサムゲーム」になる可能性があります。

企業が利益を上げる事によって配当金を出して株主は利益を得る事ができ、株価が上がらなくても配当金分は参加者全員が利益を得る事になるからです。

 

参加者全体に利益が出ると、「プラスサムゲーム」になります。

 

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【ギバーとテイカー】

 

全米トップ・ビジネススクール「ペンシルバニア大学 ウォートン校」の史上最年少終身教授を務める組織心理学者のアダム・グラント氏の著書『GIVE&TAKE〜「与える人」こそ成功する時代〜』に、「ギバー(Giver)」と「テイカー(Taker)」という用語が出てきます。

 

「ギバー(Giver)」とは、「人に惜しみなく与える人」のこと。

 

「テイカー(Taker)」とは、「真っ先に自分の利益を優先させる人」、「与えるより受け取ることの方が多くなるように行動する人」のこと。

 

ギバーは、市場(=売買が行われている場や状況のこと)の限られたパイ(=市場における総利益)を奪い合うというゼロサム思考(テイカーやマッチャーに多い)ではなく、市場全体に共有されたパイを拡大すること(=プラスサム)に貢献します。

つまり、ギバーは「プラスサム思考」です。

 

ギバーは、「自分がどれだけ受け取りたいか」ではなく、「相手に与えることを通して成長や効率化を目指そう」と考えるので、長期的には市場全体のパイを大きくしていきます。

より生産的な存在と言えるでしょう。

 

表面的な利益が「相手」に渡ろうが「自分」に渡ろうが、「『利益』を生み出そうと行動していること」に変わりはないため、結果的にギバー自身は、テイカー等と比べ「利益を生み出すためのパフォーマンス」を高める訓練機会を、より多く得ていることになります。

より生産的な存在に成長しやすいと言えるでしょう。  

 

※ちなみに、ゼロサムゲーム下では、生存戦略的にテイカー行動思考(志向)となります。  

(他人が得をすると、その分だけ自分が損をするかも知れないため)

 

ここで、「ギバー行動をした方が良い」と直感的にイメージしやすそうな具体例をあげてみます。

具体例は、「塾のアルバイト」。

 

たとえばあなたが、日本史を教えられない状態で、日本史講師のいない塾にて「英語講師」のアルバイトをしていたと仮定します。

※現在は、「週3で3時間ずつ、英語の指導をしている」という設定にします。

 

ではここで、あなたが「週4で6時間ずつに仕事を増やしたい」と思うようになったとしましょう。

 

さて、あなたなら、雇用者にどう働きかけて自分の目的を達成させるでしょうか。

 

おそらく最初に思いつく方法は、「雇用者へ、ただ率直に『週4の6時間ずつに労働時間を増やしてほしい』と訴える」あたりではないかと思います。

 

しかし、この方法ではゼロサムゲーム下での交渉となっている可能性があり、目的が実現されるかどうかは、あくまで「運次第」となってしまいます。

 

あなたの要望が通るかどうかは、「あなたの仕事が増えることで、将来的によりよい状況がもたらされるだろう」と雇用者が判断してくれるかどうかという、あくまで「あなたから直接影響を与えることのできない外的要因」に依存するしかありません。

 

もし「あなたの仕事が増えても、将来的によりよい状況はもたらされない」と雇用者から判断されれば、雇用者にとって「あなたの労働時間を増やすこと(=あなたの利益)」が「雇用者のデメリット(=雇用者の損失)」をもたらすことになり、このような「ゼロサムゲーム」下ではあなたの目的は基本的には達成されないでしょう。

 

では、次の交渉として、例えば「日本史の指導をできるようにし、日本史の指導も希望している学生を見つけて塾へ連れてくる」という方法はどうでしょうか。

 

この方法はたしかに、「新しい技術を身につけなければならない」、「対象となる学生を見つけて連れてこなければならない」といった負荷があなたにかかります。

 

しかし、雇用者からすれば、あなたの行為(=あなたが影響を与えることのできる内的要因)によって塾が「いままで指導対象外であった生徒」を指導できる塾へと改善された、と映ります。

あなたの行為が雇用者にも利益をもたらしてくれた、と雇用者は感じることでしょう。

 

前者の「労働時間を増やしてくれ」とただ訴える方法と比べると、後者の方がおそらく「あなたの目的が達成される確率」が高くなっていることが、何となく直感的にイメージできたのではないでしょうか。

 

これがプラスサムの考え方です。

 

奪い合いの世知辛い「テイカー社会」よりも、惜しみなく与える人たちに囲まれた「ギバー社会」の方が生産性も高いし、何より居心地がよさそうですね。

 

「プラスサム思考である『ギバー行動』をした方が良い」という例でした。  

 

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【千代田区立麹町中学校の教育改革】

 

おとといテレビで放送された『林先生が驚く初耳学!』にて、千代田区立麹町中学校の教育改革のことがとりあげられていました。

 

「宿題廃止」「定期テスト廃止」「クラス担任廃止」などの諸改革とその理由などが番組内で明快に述べられていましたが、とくに「人のせいにしない教育」という観点が素晴らしいと思いました。

 

「他人に責任をなすりつける行為」は、これまでの話を踏まえると「ゼロサムゲーム下における一種のテイカー行動」と言えます。

※「違う人が問題解決にあたれば、より良い結果となったかもしれない」というところまで考えると、ゼロサムどころかマイナスサムとすら言えるかも知れません。

 

他人に責任をなすりつける(=テイカー行動)

「当事者意識をもって自分で物事を改善していく力」が鍛えられない

「当事者意識をもって自分で物事を改善していく力」は必要ないが、誰でも代わりのきく単調な仕事しか将来選べなくなる

「考える力を鍛えて仕事や人生を改善させている人に対し『自分もこれだけしんどい思いしてるんだから、お前もしんどい思いをしろ』と、理不尽な嫉妬で足を引っ張る」、「AIに仕事をとられる」といった、非生産的なテイカー環境に身を置くことになる

 

といったように、教育が「テイカー行動養成土壌」となっていては、社会の先行きは良くならないと僕は考えます。

 

逆に、当事者意識をもって改善する力を鍛え、「ゼロサム思考でテイカー行動をとるよりも、プラスサムをつくり出してギバー行動をとる方が個人的にも社会的にも望ましい(得策だ)」と学生たちが考えられるような教育をした方が、これからの時代でより生き残りやすくなる(≒自身の人生をより充実させることができるようになる)と思います。

 

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【東京大学入学式での上野千鶴子名誉教授の祝辞】

 

 

東京大学入学式での上野千鶴子名誉教授の祝辞が話題となっておりますが、今回のテーマに関していうと、同氏の「あなたたちのがんばりを、どうぞ自分が勝ち抜くためだけに使わないでください。恵まれた環境と恵まれた能力とを、恵まれないひとびとを貶めるためにではなく、そういうひとびとを助けるために使ってください。そして強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてください」という部分が、とくに素晴らしいと感じました。

 

比べる国にもよりますが、概して日本は、自分の家族など「自分と関係のある人達」に対し道理のあるなしにかかわらず特別な尊敬や愛情等を表す『義理人情』こそあれ、自分と関係のない人へも「同じ人間」として愛情を注ぐような『ヒューマニズム』に欠けるように感じます。

 

上記祝辞の抜粋部を読んで、この「ヒューマニズムの薄い社会」や「受験競争マインドによる『ゼロサム・テイカー思考(志向)』」などを原因として日本社会や教育環境が「生産性の低いテイカーを養成する土壌」となっていることに対し同氏が警鐘を鳴らしているかのように感じました。

 

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麹町中学校の話に戻りますが、上記の点を考えると、同校の教育アプローチは、「生産性の低いテイカーから生産性の高いギバーへと養成ベクトルを変える動き」をより効果的に行えていると言うことができると思います。

 

なぜなら、「責任のなすりつけ合いをなくし各自が当事者意識をもてるような改善を行うこと」により、「ゼロサムゲームをプラスサムゲームに変える機会」すなわち「生産性の高いギバー行動思考(志向)を育てる機会」を学生や教師に与えているから。

 

以上により、今回の考察の結論は「ギバー社会になるような教育は、経済的観点および幸福的観点の双方においてより望ましい」ということです。

 

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さて、ギバーの良さについて少し理解が深まりましたが、ギバーはテイカーに弱いという弱点があります。

(テイカーに搾取されるため)

 

よって、ギバーを守り、育て、増やすためには望ましい環境やルールを共有・遵守する必要が出てきます。

 

今回の考察はここまでとし、また機会をみてその「ギバーを守り、育て、増やすためのルール」を掘り下げてみたいと思います。